木々が、ざあざあと揺れる。
(お父さんなんか知らない)
どこにでもいる、どんな種族の中にもいる、そんな一人の少女が、木々の生い茂る森の夜道を走っている。
少女の耳は長い。
耳長の少女は、夜中に父親と喧嘩をした。
他愛もない、けれど、少女の想いに触れるような、そんな喧嘩だった。
白いワンピースとサンダルで駆ける彼女の腰には、二振りの短剣が光っていた。
少女は土くれた夜の森の小路の中で立ち止まり、そして振り返る。
(――私はもう、この森には戻らない)
耳長の少女は息を整えると、やがて夜闇の世界へと繰り出していった。
雲に覆い隠されない、輝かしく、白くきらめく満月の夜だった。